07:クローバー(ねえ、幸せってつかむものだよね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小さな小さな、可愛い君に。

 

 

 

小さな小さな、あの幸運を!

 

 

 

 

 

 

「……?」

ツナは怪訝な目をして十数メートル先を見つめた。

並盛中のゴミ置き場は学校の裏手にある。フェンスを挟んで、通りに背中を向けて立つ小さ

なプレハブ。さびしそうに、ぽつねんと立っている。

その向かい側、即ち校舎の壁に付属して、「使用厳禁」と書かれた紙を身に付けた焼却炉が

ある。赤茶けた腰程の高さの箱に、まっすぐ上に向かって同色のパイプが伸びている。昔ゴ

ミを燃やすために使っていたそうだが、近年化学汚染物質云々で使用が禁じられた。撤去の

話も出ているとか出ていないとか。しかし一向に消える様子がない。特に邪魔なわけでもな

いので、対処が送られているのだろう。ちょっと名残惜しいのもあるかもしれない。

その、更に横。焼却炉の数メートル向こうに、不思議な光景があった。

山本が、しゃがみこんで何かを必死に見ている。その何かは壁に寄り添って地面に生えてい

て、離れたツナから見ると単なる雑草の群れに見えた。彼はその雑草の一つひとつを目で追

って、指先でつついたりしている。その表情は真剣そのものだ。

ツナは手に持った所々赤く錆びたゴミ箱を、くぐもった音を立てて地面に置いた。ゴミ箱の

縁に腕を置いて、体重を預けて寄りかかる。

「……」

「ふー…」

黙ってみていると、山本は息を吐き出して立ち上がった。肩や腕をコキコキ言わせながら伸

びをし、またじっと雑草を見つめる。ツナも目を凝らして雑草を見つめた。でもただの雑草

にしか見えない。

話しかけよう、という気は不思議なことにまるで起きなかった。ほんわりとした春の空気が

そうさせたのかもしれない。目の前で起こっている不思議を、受け入れる気分を作り出した

のかも。

山本は口をぎゅっと結んだ。何か起きる、とツナは思った。

「よし」

一声決心を発すると、山本は突然その雑草をふんづけた。ぐちゃっと潰れる深緑。

「へっ?」

ツナは目をまるくする。その間にも山本は右足で雑草をまんべんなく踏みつけた。なんだか

いじめているみたいにも見える。なのに、彼の表情はなんだか楽しそうで、とてもキラキラ

しているのだ。

一体彼が何をしたいのかさっぱりわからない。別に植物を大切に、なんて声高に言うつもり

はないけれど、これはおかしい。なんの意味もなく雑草を踏みつけるなんて…悩みでもある

んだろうか?でなきゃこんな奇行、彼らしくない。けれど今日も朝から別段変わった様子な

どなく、いつも通り楽しそうに笑っていたし…。

――ま、まさか、欝憤が溜まった末の暴力衝動とか!?

ツナは慌てて乗り出した。

乗り出した途端、バランスを崩した。そもそもゴミ箱の縁というのがそんなに幅がない。妙

な力をかければあっけなく倒れてしまう。ツナは空中で踏ん張る時間も余裕も体力もなく、

やっぱりあっけなくドテッと転んだ。背中と腰に鈍い痛みが走って、同時に倒れたゴミ箱か

らゴミが吹っ飛ぶ。

「いっ、て…!」

さすがの山本もこちらを見た。目を大きく見開くと駆け寄ってくる。その時の彼がいつもの

彼とほとんど変わらなくて、なんだか意味もなくほっとした。

「ツナ!?大丈夫か!?

「ん…へーき…」

ツナは体の埃や土を払いながら、よろよろ上半身を起き上がらせた。何でこんなにどんくさ

いのか…自分でも嫌になりつつ。

山本はツナに手を貸すと簡単に引き上げた。あまりに軽々引き上げたので、反動で前につん

のめりかけた。それをまた山本に支えられる。肩をつかむ手が、温かい。

「ツナ、今日教室掃除だっけ」

「う、うん、まあ」

山本はすぐにゴミ箱も立たせると、散らばったゴミを集め始めた。ツナもはっと我にかえっ

てしゃがみこむ。そんなに量はなくあまり汚いものもなかったので、あっという間に拾い終

えた。

「これで全部か?」

「う、うん、たぶん」

もう一度ぱたぱたと服をはたき、ツナはうなずいた。ちらりと横目で山本を見ると、やっぱ

りいつもの彼だ。こちらの視線にすぐ気付いて、にこにこ微笑まれた。

「どうかしたか?ツナ」

ツナは少し迷ったものの、十数メートル先の雑草をそろそろと指差した。山本もそちらを見

て、ああ、と苦笑う。

「見てた?」

「う、ん」

一方的に気まずくてツナは視線を外した。もしかしたら見られたくないものだったのかもし

れない。普段あれだけいっしょにいるからわからないけれど、でも、だからこそ知られたく

ない秘密とかあるだろう。もしそんな話だったら、自分は何て謝ればいいのだろうか。

山本は頭をかくと、遠い雑草を見て、目線を落としたツナを見て、その手を取った。

「えっ?」

「ごめ、ちょっと」

ぐいっと引っ張られ、ツナはバランスを崩しつつ山本の後ろを歩いた。焼却炉の前を過ぎて、

問題の雑草の前まで来る。

よく見るとそれは小さなクローバーの群生だった。可愛らしい葉っぱがしかし、潰されてぐ

ちゃぐちゃになっている。山本はツナの手を離した。ツナはしゃがみこんで、そっと葉に触

れてみた。茎がほとんど折れていて、風に吹かれても弱々しく震えるだけだった。可哀想だ

った。

ここでやっぱり考えてしまう。なんで、と。

どうやって切り出せばいいのか迷っていると、上から声が降ってきた。

「ツナ、四つ葉のクローバーが幸せをくれる、って知ってるよな?」

見上げると、山本が照れくさそうに笑っている。ここでその笑顔はなんだか間違っている気

もしたが、どうしようもないのでツナは首を縦に振る。

「知ってる」

「ん、でな。コレは知ってっかなあ…」

彼は頬をかいた。何でか少し頬が赤くなっていた。

山本はやっぱりなんだか適切に思えない優しい顔でクローバーを見つめた。

「四つ葉のクローバーの作り方」

「……は?」

ツナは思いっきり変な声を上げてしまった。

「だからさ、四つ葉のクローバーの、作り方」

「なに、それ…?」

首を思いきり傾げると、山本は両手を頭の後ろで組んでう〜んと伸びをした。

「四つ葉ってめずらしいだろ?だから探してもあんま見つかんないのな。だから、無いなら

作ってやろうと」

「ご、ごめん山本…えっと、よくわかんないんだけど、踏むとできるの?四つ葉のクローバ

ー」

山本はさも当然のようにうなずく。どこか得意そうな顔で。

「ああ。ちっちゃい頃に聞いたぜ。踏むと、来年とか?よくわかんねーけど、四つ葉が生え

てくんだってさ」

「ふ、ふうん…」

ツナはぎこちなく返事を返すしかなかった。たぶん子供の頃に聞いた迷信の類だろう。そう

いうのを信じるタイプだったのか。ちょっと意外…。

でも。

「そっか」

「ああ」

「生えるといいね、四つ葉のクローバー」

「だなー」

ツナが微笑むと、山本はにっこり笑った。それがあんまりまぶしくて、ツナはどきり、とし

た。

「やまもと」

「ん?」

ツナは立ち上がった。山本と向かい合う。かなり身長差があるので、頭を傾けて見上げるこ

とになる。やっぱり高いなあ、と思って、だからかっこいいんだなあ、と嬉しくなった。顔

がほころぶ。

「よ、っと」

ツナは爪先立ちをして、手を一生懸命伸ばして、山本の頭に触れた。

「え?」

ぱちくり、と山本は瞬きをする。

ぽん、ぽん、と。ツナは山本の頭を撫でた。自分でも何でそんなことをしているのかよくわ

からなかったが、どうしてもしたくなった。そんな迷信を信じている彼がなんかかわいかっ

たし。それに、自分ならきっと、無い幸せを作るなんて思いもしなかったから、前向きな彼

が偉いなあ、と思ったし。

それに、

――母性本能、ってやつかなぁ?

でも俺男だけど!そう思っておかしくなって、でもぽん、ぽんと撫で続ける。彼の髪はちょ

っと硬めで、でも優しい肌触りをしていた。

当の山本は意味がわからずきょとんとしたまま。

「ツナ…?」

「…あわ…っ」

山本がちょっと首を傾げたら、なんとかギリギリのところで爪先立っていたツナは本日二回

目、バランスを崩して倒れこんだ。でも今度は、山本の腕の中に。

彼の腕の中はとてもあたたかくて、お日様みたいなにおいがした。

「わ、ごめんツナ!」

上から謝られて、ツナはちょっと茫然としていたのからはっと気がついた。腕の中で首を振

る。

「ううん……へへ」

「…?ツナ?」

春の風が甘い空気を運んできたから、自分もちょっとおかしくなってしまったのかもしれな

い。そんなのすてきだなと思って、ツナは山本の胸に頬を寄せた。

腕の中のツナがとても可愛く見えるのはきっと春のせいだけじゃないんだろうなあ、と山本

は思って腕の力をちょっと強めた。加減しないと抱きつぶしてしまいそうだ。クローバーじ

ゃないんだから、そんなことできない。

午後の陽だまりはとても優しくて、キラキラしている。布越しだけれど触れ合う互いの体が

とてもあたたかくて、もっとずっと抱きしめ合っていたくなる。このまま昼寝でもしたい気

分だった。

「やまもと」

「うん?」

「なんで四つ葉、ほしかったの?」

――ああ。

忘れていた。一番大事なことだったのに。

山本はツナの頭に顔をうずめた。ふわふわの感触が口の辺りに、頬に、瞼に伝わって、今い

るところを天国と間違えてもおかしくなかった。

「ツナに」

「おれ?」

「うん、ツナに、あげたくて」

ツナは顔を上げて山本を見た。ちょっと焦点のあっていないぼんやりしたツナの目を見て、

なんかおいしそうかもしれないと思ってしまった。

ツナは山本に言われた意味を頭の中でよく考えて、考えて…急激に、赤くなった。

「な…」

「ツナに幸せになってほしいなーって、思ったのな」

「や…え…」

「他のもんでもいいんだろうけど。でもきっとな、いちばん、似合うんだぜ!」

かあああ、と赤さを増してゆくツナの顔を見てなんて可愛いんだろう、と思って嬉しくなり

ながら。

 

 

 

 

 

 

 

「可愛いツナに、可愛い四つ葉のクローバー!」

 

 

 

 

 

 

春風に乗って奪う、ファーストキス。

青空高く散る、クローバー。

最上級に可愛い真っ赤なこの子と、

最上級の笑顔がまぶしすぎる彼と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来年。そう、四つ葉のクローバーが見つかったら。

今度手に入る幸せは、どんなだろう?

 

 

 

 

 

 

 

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今回のテーマは「リリカルポップ」でしたー!(大爆笑して下さい)

いや、コレは単なる造語ですが…。とにかく可愛くてうきうきするようなもう思いっきり砂吐けそうなあまーい話を書きたくて、いつも通り撃沈街道ひた走った感じです。穴があったら入りたい。

踏むと四つ葉ができるっていうのは私が実際に聞いた話です。家の隣の空き地に生えていたクローバー、踏みまくりました(笑)効果があったのかは不明…。

なんか五つ葉とか六つ葉とかもありましたね…。そっちは不幸になるとかならないとか。多きゃいいってものでもないですが。

山ツナって書き始めるとどうも夏のお話が多くなってしまうので、今回は春を満喫できました(笑)

 

2007.07.07