04:踏み切り(あともどり出来ない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じりじり照りつける太陽。色々なものの輪郭がぼやけて、陽炎みたいにゆらゆら揺れる。

「暑い〜」

「ホントな〜」

二人でべったりべったり直射日光の下を歩く。

ツナは、よいしょ、とプールバックを肩にかけなおした。ビニール製のそれは汗でぺたぺた

して、なんとはなしに嫌な気分。

手の甲で額の汗を拭う。あんまり意味はない。

「溶ける〜」

うめくと、隣りを歩く山本が笑った。鍛え方の違いか、彼はそれほど疲れてはいないように

見える。

山本はくしゃくしゃとツナの頭をかき回した。少し濡れたツナの髪は生温かく、指にまとわ

りついた。

「数学の問題は、解けないのにな〜」

「うえ〜つまんないよソレ〜」

延々と髪をいじる山本をはねのけて、ツナは眉間にしわを寄せる。

伸ばしたくないのに語尾が伸びまくる。シャキッとツッコミたいのに、暑さには負けてしま

う。

「プールの後ってさ〜」

「お〜」

「入る前より暑いよね〜」

「だな〜」

……

……

「あつい〜」

「あついな〜」

この言葉って、ちょっと便利だ。と、ツナは思った。話が止まったときなどに。

この言葉ってちょっと不便だ。と、山本は思った。なんだかいろいろ誤魔化された気分になる

のだ。

「しぬ〜」

ツナは半眼で遠くを見た。遠ーくで、冷たいアイスや涼しい扇風機の風が待っている。思うだ

けでうんざりした。そういうものを引き合いに出されると、むしろモチベーションが下がる。

遠すぎて。

「もうちょっとだからな〜」

そう言う山本もずっと歩きっぱなしで疲れてきた。こちらは涼しい想像でモチベーションが上

がるタイプなので、さっきから頭の中をジュースやらアイスやら扇風機やらがぐるぐる回って

いる。

だいいち、涼しくないとツナに嫌がられるのだ。肩に触ったり髪に触ったりするのを。モチベ

ーションはぐんぐん上がるのに、ツナに触れられなくてテンションは微妙に下がってきていた。

「ん〜?」

山本はぱちくりと目をしばたたかせた。ツナは何か見つけたらしい親友を、恐ろしくゆっくり

な動きで見上げる。

山本は前方を指差した。

「線路だ〜、ツナ」

「え〜。あ、ホントだ〜」

田舎の一本道に、ゆらゆらと小さな踏み切りが立ち塞がっている。

ツナはコテリと首を傾げた。

「こんなトコに、電車くるのかな〜?」

「さ〜な〜」

山本もコテリと首を傾げ、でも先ほどより幾分楽しそうな顔をした。

「ツナ〜、元気あるか〜?」

「ゼロ〜」

「競争、しね?」

ツナは山本を見た。山本はにっこり笑ってツナを見て、指で真下を指差し、次に踏み切りを指差

した。ここから、あそこまで。

「え?」

「踏み切りまで競争。じゃ、よーい、ドン!」

「ええーっ!?

あまりに突然のことでツナはかなり久方ぶりに叫び声を上げた。山本はそんな声を後ろに聞いて、

それでこそツナなのな〜とちょっとズレたことを考えていた。

「え、ええっ!?ま、待ってよ〜!」

当のツナはといえば、大混乱しつつも相手が山本となると磁石のように引き寄せられるらしく、

力なくぺたぺた走り出した。しかし野球部エースに敵うはずもない。彼の後ろ姿はどんどん遠退

き、あっという間に彼の青いシャツが点のようになってしまった。

「おーい、ツナー」

踏み切りを越えた所で、山本は手を振って叫んだ。遠くに小さく水色シャツの彼が見える。

ツナは山本目指してとにかく走る。いや、踏み切りだっけ、目指してるのは?まあどっちでもい

いか。

山本の三倍以上の時間をかけたが、なんとか踏み切りの手前まで来た。走りながら(歩いているの

とほとんど変わらなかったけれど) ぶーっとぶーたれる。

「もー何すんだよいきなりー!」

「ははっ、なんかつい

ツナが踏み切りに入ろうとした五歩手前で。

「あれ?」

「お?」

ゆっくり、ゆっくり。木のからだを震わせながら、踏み切りが下りてきた。

……

……

ツナは減速し、手前で足を止めた。

二人でゆっくり下りる踏み切りを目で追う。少し軋んだ揺れでもって、踏み切りは止まった。

ちらり。目を上げると、目が合った。笑う。

もうちょっと速かったらなあ。と、ツナは思い、

もうちょっと遅かったらなあ。と、山本は思う。

「ごめんね〜」

「ごめんな〜」

二人でくすぐったそうに笑った。

踏み切りはかなり古いようで、線路もきちんと整備されているのか微妙な代物だった。

山本はキョロキョロ辺りを見回す。

「電車、くんのか?」

「来ない、かもねぇ」

それらしい影は右にも左にもない。片方は山の麓、もう片方はのどかな田園風景が続く。家がぽ

つり、ぽつりと数える程度。

「電車が来ないなら

山本がぽつりとつぶやく。背伸びしたりして遠くを見ていたツナは、山本に向きなおった。

「来ないなら?」

尋ねると、彼は一瞬目を泳がせた。そして、照れたように微笑む。

「ん、なんでもねーよ」

ツナはつられて微笑んだが、ちゃんと微笑んでいられたか心配になった。

――電車来ないなら、そっち行ってもいいんじゃないのかな。

もし来ないなら、これは単なる時間の無駄である。踏み切りの故障かもしれないし。というか今

の時点で車影が見えないならば、いくらどんくさいツナでも電車にひかれたりしないだろう。そ

れに、別にお巡りさんがいるわけでもないし。

――じゃあ、なんで?

考えて、論点がズレていることに気付いた。別に山本に言われなくても、自分から踏み切りを飛

び越すなり(コレは多分無理だけれど)、くぐるなりすればいい。むしろ待たせているのだから、

そうするべきだろう。

でもツナはそこから動けなかった。

山本は山本で、う〜んと考え込んでいた。

――なんで、こっち来いよ、って言えねーんだ?

普段ならいとも簡単に言える言葉なのに。今、特に重大な意味を持っているわけでもないのに。

ただ踏み切りを越えてこっちに、って。

電車も来ないようだし、ツナだって暑くて今にも溶けそうらしいし、それに、無意味だ。

二人は互いになんとなく途方に暮れてしまって、互いの顔を見て苦笑いを浮かべるしかなかった。

「……」

「……――あ」

ツナが右側…山本からすると左の方を見た。

カンのいいツナは、こういうときすぐ気づく。本人はそのことに気づいていないけれど。

山本もつられてそちらを見て、ああ、と納得する。

がたん、ごとん。

リスの心拍のような可愛らしい音を立てて、山の麓を見たこともない小さな電車がやってくる。古

びたからだに変色した緑色が走り、ゆるやかなカーブを曲がるときに少し傾く。一両編成だ。

「きた」

ツナは嬉しそうにつぶやいた。自然と口角が上がっていた。

「乗ってみる?」

山本に言われ、ツナはおかしそうに笑った。

「タクシーじゃないんだから」

「暑くて死にそうです、って言えば乗せてくれるかも」

「あはは、だいたいどこ行きかわかんないじゃん!」

おなかを抱えて笑ったらプールバックがずり落ちてきたのでかけ直す。

電車はゆっくりゆっくりツナと山本のもとへ近づいてくる。あんまり遅いので、走って行って背

を押してやりたいと思うほど。

それでもゆっくりゆっくり、少し不格好な電車はツナたちの所までやってくる。

ちらり、とツナは山本を見た。

瞬間、山本も確かに、ツナを見て。

――あれ?

――ん?

何でこっちを見たんだろ、と思った瞬間、目の前を電車が通り過ぎてゆく。

一両しかないのだからたった一瞬なのだけれど、そのたった一瞬でツナは次の瞬間山本がいなく

なっているのではないかと思った。

――さきに、乗って行っちゃってたら、どうしよう。

がたん、ごとん。

でも心配は杞憂に終わった。緑の残像を名残に、小さな電車は二人から離れていった。

そして二人は目を合わせた。ほ、と息をついている親友の姿を見て、ツナもこっそり、息をつく。

――行っちゃったね。

――行っちゃったな。

言葉にしていたらそんな会話だったのだろうが、二人とも何も言わない。

今度こそ、電車は通り過ぎました。くぐろうが飛び越えようが、なんだってけっこうです。

しかし、二人は動き出さない。

――行かなきゃ。

――言わなきゃ。

――今行くよ、って。

――ほら来いよ、って。

口のあたりをもごもごさせて、ツナは顔をしかめた。似たようなことを山本もやっていて、不思

議だった。

踏み切りさえ上がってくれれば。そう、踏み切りさえ。

それでも、ツナは踏み切りが上がったその瞬間、あっち側へ走ってゆく自信がなかった。

やっぱり、山本は踏み切りが上がったその瞬間、こっち側で待っている自信がなかった。

踏み切りが、がくん、といった。それを見て二人は体を震わせる。

小さな踏み切りは武者ぶるいのように震えたのちに、ゆっくり上がり始めた。

のんびりとツナの背丈辺りまできた踏み切り。

トンッ、と地面を蹴って、ツナは飛び出した。

まだ少し低かったけれど何とかくぐって、山本も飛び出す。

手を、伸ばして。

行かないと。そちら側へ。

一瞬、太陽がカッ!と照りつけた気がした。

線路の真ん中で、本当はべたべたに暑い日和なのに、山本はツナを抱きしめた。

「わ…」

「ツナ」

「…な、に?」

「暑いな〜」

暑くて暑くて、熱い体がいっしょになってしまいそうで。互いの領域が完全に重なっている。

山本は優しくツナを抱きしめ直す。ふわふわの髪が復活していて、頬に当たるそれが気持ちいい。

「ツナ〜」

「なんなのー」

「越えちゃったな〜」

「まだ、越えてないよ〜」

ツナも、山本を抱きしめ返した。大きな彼の背中は、触れるだけでとても安心する。

「半分くらい、でしょ〜」

ツナは下を見て、自分の立ち位置を確認した。線路のちょうど真ん中。

山本はそんなツナの姿を見て、顔をほころばせる。

「そーだな。はんぶんくらい、だな〜」

「だよ〜」

「じゃあ、ちゃんと越えようか」

「う〜…?」

顔に影が落ちた。親友の物だと気付いたのは少し後。

互いの世界が、彼だけのようになる。

汗ばんだくちびるに、汗ばんだくちづけが、ちゅ。

一旦離れて、はむ、と食べるように深くくちづけて。

くちびるを離したら、目の前のさっきまで親友だったツナは、顔を真っ赤にしていた。固まって

る。

「トマトみたいなのな〜」

食べたらおいしそうだと笑ってやると、ツナは目を大きく開いて、何かを言いたそうに口をぱく

ぱくさせて、結局何も言わないで。

「〜〜〜ッ!」

山本の横をダッシュで駆け抜けた。踏み切りをあっけなく通り過ぎる。

死ぬ気とはいかずとも、暑くてバテていたとは思えないほど、とっても速くツナは走る。山本と

の距離はどんどん開く。

「ツナ!?

さすがに突然のことで驚いた山本は出遅れる。

――わかったわかったわかった…!

ツナは沸騰している頭の中で、ひとつの結論に達していた。

なんであんなに踏み切りを越えられなかったのか。今ならよくわかる。…感覚的に、だけれど。

プールバックがばたばたいって邪魔なので、抱きしめて走る。転んだら手をつけないだろうけれ

ど、どうでもよかった。

ただ、越えたら戻れないから。

その一方で、

――ああ、越えられた!

山本はだんだん短くなる距離を見て、この世の幸福をぜんぶ手に入れたみたいに笑んだ。いたず

ら小僧のようでもあり、大人の男のようでもあり。

彼はようやく気づいてくれた。山本の想いに。自分の想いに。

――ならもう、いくら行動に出たって許される、はず!

 

 

 

 

 

「ツナー、好きだぜー!!

 

「わー!」

 

「好きだかんなー!!

 

「…ッ、知ってるー!!知ってたー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

青い空の下、互いへの想いをまとって、二人は駆ける。

 

 

 

踏み切りの、向こう側へ。

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------

 

え、何この無駄な長さ…。でも今までの中では比較的まともだと思う!思う…たぶんorzあ、でも読み返してみるとそうでもないですね(あちゃー)

なんで都会っ子の二人が田舎にいるの〜とか、他の面々はどうしたの〜とかは、空月にもよくわかりません。説明っぽくしたくなくて、あえて入れてないので…脳内補完お願い致します(土下座)

こういう青春を惜しみなく書けるところが山ツナのいいところだと思います。それを活かしきれていないのが残念です(意味ない!)

 

2007.6.22