03:ランナーズハイ(目覚めたように体がかるい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツナは走ることが嫌いだ。というか、基本的に運動全般が。

けれど、走りたくなるときだってたまにはあるのだ。

そう、例えば今日なんか。

「…っ、はあっ!」

空に向かって荒い息を吐く。運動慣れしていない身体は簡単に疲れてしまって、すぐ酸素が足

りなくなる。

足を止めて膝に手を置く。肩を上下させ、なんとか息を整える。それでもツナは、顔を上げる

とまた一歩、踏み出した。

――こんなに走ったの、久しぶりだ。

加速しながら少年は思う。風が身体にまとわりついて、まとわりきれずに外れていった。身体

が芯から燃え盛るように熱く、風が涼しくそれを鎮める。手を腕を足を必死に回して、ただが

むしゃらに、ひどくかっこ悪く走る。

周りに広がるは薄い緑の若草たちと、地平で途切れる空だけ。走り続けていると、からっぽに

なった頭の中が空色になった。

この気分を何て言うのか、ツナは思い出せないでいた。ずっと昔に置いてきた感情。走り続け

ることで思い出せる。

すると、

「…あ、」

頭の中の空色に、彼の姿が見えた。

ツナはいつの間にかつぶっていた目を開けた。段々スピードを落として立ち止まる。

「……」

胸をぎゅっと掴む。走っていたせいでドキドキが止まらない。走っていたせいで。

――オレ、最近お前に赤マルチェックしてっから――

ツナは頭をぶんぶん振った。別に忘れたいわけじゃない。むしろ…

「っ!」

ツナは唇を強く噛んで、地面を蹴って走り出した。

今日も、いつもと何にも変わらない。いつも通り、自分に向けられるのは後ろ姿ばかりだった。

慣れきったことで、なんとも思わなくなっていたけれど、よく考えるとこれはかなり悲しいん

じゃ?

でも、ひとり校庭で片づけをしていたとき彼は現れた。彼は、ツナに後ろ姿を見せなかった。

話して、笑っただけなのに。

今日、いつもの校庭は、いつもの校庭ではなくなったのだ。

そよ風であり暴風である空気の流れが自分を、草を押し流そうとする。水色の空にどんどん雲

が流れ、ツナの横で千切れて消えてゆく。のどはずいぶん前からカラカラで、前へ進む足はも

つれて、胃が飛び出しそうに動悸が上がって。

それでもツナは走る。何に向かってでもなく、走るために走る。

顎をぐいっと上に向けた。自然と空が目に入って、頭の中の空色と同化しそうになる。頭の中

の空色には、いつだって彼がいる。

――あ。

忘れていたものが、ようやくわかりかけてきた。

「気持ち、いいんだ…っ」

喘ぐように言って、ツナはくしゃりと顔を歪めて笑った。泣き顔にも見えた。

ずいぶん昔に置いてきた残像。今まで思い出せなかった自分。そう、自分でも…という、遠慮

がちだが確かな希望。

「うれしい…」

ぽつり、つぶやく。そんな自分に驚いて、前につんのめった。

「わわっ」

腕をばたばた振り回し、なんとか転ばずにすんで体勢を立て直す。

息をついて、前を見た。

草原と、空と。

目的地もないけれど、きっとその向こうには彼がいてくれる気がする。友達でもないのに不思

議な話だ。

でも彼のことを考えると胸のあたりがぎゅーっとなって、彼の笑顔がとてもとても好きなのは、

きっと。

ツナはまた一歩踏み出す。ゆっくり足を運んで腕を振って、だんだん加速してゆく。

思いっきり息を吸い込んだ。緑と水色も、いっしょに吸い込んだ気がした。

「うわー!!

走りながら、両腕を目いっぱいに広げて叫ぶ。大昔の人だってこうやったのかもしれない。こ

んなときには。

「嬉しい!嬉しい!嬉しいっ!」

横道にそれたりぐねぐね曲がったりしながら、ツナは叫ぶ。目いっぱい。これも、忘れていた

もののひとつだ。

なんでもかんでも思い出せそうだ。それが如何に気持ちのいいことか、嬉しいことか、彼は知

らないんだろう。それでもいい。それで、いい。ただ幸せなんだ。君と、会えて。

空も飛べそう、と思う。重い体は窮屈で、本当は魂だけみたくなってびゅーんと飛んでいきた

かった。でも、今の自分にはその必要はないというか、重い体もそれはそれで大切、というか。

思い出せそうなものをぜんぶ思い出したら、今度は、新しい気持ちを覚えられますように。

――ああ、なんか!

何が、かはよくわからない。

でも、心の底から、ツナは叫ぶ。

ヒーローってすっげー!と、思いながら叫ぶ。

 

 

 

「大好き…っ!」

 

 

 

 

何が、かは、まだ、地平の向こうに。

 

 

 

 

 

 

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これもネタの段階では結構読める話だったんですよ…!(意味ねぇ)

言い訳じみていますが、これは実際にツナが走り回っているというわけではないのです。初めて山本と話してとても嬉しい言葉をもらえたときの、一瞬の深層心理、とでもいいますか…。心の中で「嬉しい」って感じた時の感情を形象化してみました、みたいな。わけわかんないですね…orz

でもこの後に屋上ダイブがくるわけで。ですが台無しではないのです。この話だと山本は地平の向こうにいる存在だけど、屋上ダイブ後は一緒に走ってくれる存在になるんじゃないかな、と。まあ私自身よくわかってないですごめんなさい!

でも叫びつつ走るツナは抱きしめたくなります(何が言いたい)

 

 

2007.6.21