02:ワイルドピッチ(ああ、ボールを受け取ってしまった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山本武は焦っていた。

どう焦っていたかというと、かなり焦っていた。とりあえず頭の中がごちゃごちゃで他のこと

を何も考えられないくらいには。

運動神経抜群で名高い彼が、さっきから何もないところで転びまくっている。それもかのダメ

ツナの如く一々ぐっちゃり全身全霊で転ぶのだから、彼の知り合いが見たら何事かと目を剥い

たに違いない。

ただ彼が走る土手上の道に知り合いはいなかった。というか、誰ともすれ違わない。

山本は必死に温かな日差しが降り注ぐ土手の上を駆ける。ダラダラに汗をかいた彼にとっては

忌々しいことこの上ない日差しだったが、そんなことにかまっていられない山本は頬に伝う雫

など無視してとにかく走った。

「わ…っ」

すると、彼はまた転んだ。ただし今度はきちんと何かにつまづいて…正しくは何かを踏んづけ

て転んだ。

「っ…?」

顔をしかめて起き上がる。後ろを見ると、そこには薄汚れた白球。紛れもない、

野球ボールが転がっている。

「おーい、そこの兄ちゃーん!」

土手の下から子どもの声がかかった。目をやると、野球の練習をしているらしい子どもたちの

姿。即席のマウンドが見える。

子どもたちのうちの一人が、山本に手を振る。手にミットを持っているのとそのがっしりした

身体つきから、キャッチャーなのだとすぐ知れた。

「兄ちゃん、ボール投げてー!」

両腕を大きく振って、笑顔で叫ぶ。

普段の山本ならにこやかに、しかしかなりマジに返球していただろう。そういうことを考えれ

ば、今回のような珍しいケースにぶち当たった少年たちは幸運だった、と言えるかもしれない。

山本はボールをひっつかむとまともな動作に入ることなく、立ち上がった反動で適当に投げ、

そのまま走り出した。茶色がかったボールは妙な回転でもって大きな弧を描き、キャッチャー

の上を通りすぎると、土手の先、陽光を浴びてキラキラ光る川面にダイブした。

「あー!?

後ろで少年たちの叫びが聞こえるが、山本は今の出来事そのものをすぐ意識の外に飛ばした。

足を前へ、前へ、前へ。風と一体になってしまうようだ。それでも構わない。今はただ、早く。

とにかく早く、

ツナのもとへ。

 

 

 

 

ばあんっ!

ツナの部屋のドアが勢いよく開かれ、そんな音を出した。

部屋の中央で、ぺたりと床に座っているのは、まごうことなきこの部屋の主。手には、開いたま

まの携帯電話。

ツナは山本の姿を見ると今にも泣き出しそうな顔になった。

「やっ…まも…と…!」

山本は無言でずんずん部屋の中に進むと、固まったツナを逞しい腕でぎゅっと抱きしめた。

「く、るしいよ…っ」

「おれも、苦しいんだから、おあいこ」

突然抱きしめられて、ツナは顔を真っ赤にして訴える。山本はツナの顔を見ずに息を整えた。本

当は、可愛い彼の顔を死ぬほど見たかったが、自分も真っ赤になっているはずなのでできなかっ

た。

「俺としてはさ、予定とか計画とか…えーと未来予想図?とかがさ、ちゃんとあったんだけどな

?」

ぎゅーっと力を込める。う、とツナのうめき声が聞こえた。

「ツナに告白するなら屋上でって決めてたし、その後に他のヤツらを散々驚かせて悔しがらせて

やって、ってさー。どうしようかな、全部パアだ…」

「だって…!」

ツナは何とか離れようとじたばたしながら言う。

「山本の好きなひと…知りたかったんだもん…!」

「それは嬉しい。マジ嬉しい」

抱きしめていた腕をほどく。改めて向き合うと妙な感じだ。二人とも目が合わせられずにあさっ

ての方向を向き、やっぱり妙な図になる。

しばらく沈黙が続き。

「でも…やっぱ、これは」

「うん…ごめんね」

「や……。でも、何でよりによって、野球部員?」

ツナが恐る恐る山本の方を見ると、彼は頭を掻いて苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

ツナは「何故か」山本の好きなひとが気になって、山本のことをよく知るクラスの野球部員たち

に聞いてみたのである。

「だって、山本のこと一番よく知ってそうだし…」

ツナはやりきれなくなってまた目をそらす。山本は横目でそれを見て、ため息。

「だけど、あれは…」

「ちが、あれは!皆が盛り上がっちゃって…山本の好きなひと、聞き出そうぜ、

って!」

「そんでビッミョーな告白、聞いちまったわけ…か」

「…」

ツナは頭を垂れた。ごめんなさいと降参と…あと色々な気持ちを込めて。

「やー、さすがに、ツナが好きだ、ってのはさー、お前も困ると思ったし。だからあんな…暴投、

してみたんだけどな」

「…うぅ」

 

 

「ボンゴレのボスさんが好きだなあ、ってのは、やっぱし、まずかったよなあ…」

 

 

ツナは野球部員が山本から好きなひとを聞き出すのを、こっそり見ていた。そして、山本の答え

を聞いて、ダッシュで逃げた。

そして家に帰り、山本の携帯に電話をかけた。部活中で留守電になっていたから、あまり慣れて

いないけれど頑張ってメッセージを残した。

 

 

『山本、は…ボスになったら、俺のこと、好き…?』

 

 

まるでおかしな話だった。大体山本は誤魔化しのつもりで「ボンゴレのボス」と言っただけ。友達

の携帯にメッセージを残した経験が全く無いからといって、これはないだろう、と山本は思う。メ

ッセージを聞いてあまりに混乱した彼は野球部員たちを問い詰め、今回のことが発覚。とりあえず

彼らに一発平手打ちを食らわせて、学校から沢田家まで全力ダッシュをしてきたのである。

山本はため息をついた。部活プラス全力で走ってきた疲れが今更身体にくる。

「その、山本……ごめん…」

「もういいって」

「そうじゃなくて…」

「……あ、ああ。そっか、そうなのな、うん。いいっていいって。そりゃ、そーな。男に告白され

て、それも親友で、アレだよな」

「ごめんね…」

深刻な表情でうつ向いてしまったツナを見て、ここで既成事実でも作ってしまおうかなんてことも

思い浮かんだが、嫌われたくないので早々に考えを中断した。弱虫なのではなく、ただ単に一番の

目的――ツナに好きになってもらう――が、叶いそうにないなら、意味ないので。

「ごめん、山本」

今度はハッキリした声だった。決心がついたのだろうか。それはそれで悲しいが。

山本は息を吸い込んだ。自分が笑顔になっていることを確認。だって、嫌われたくないのだから。

「ツナ、いいよ。これからも、いい親友で…」

「好き」

「…?」

ツナは山本の目をしっかり見つめた。ようやく二人の目があった。

ツナは顔をこれでもかというくらい真っ赤に染めて、山本を見上げた。目が、潤んでいた。

「山本、皆の人気者なのに…俺なんかが好きになっちゃったら、悪い…のに」

「えーと」

山本はフリーズしかけた頭をなんとか動かして、結論を出した。

「ツナー」

「うん…ごめん」

「やー、ツナ、あんまりしゃべんないほうがいいかも」

「ええ?」

ツナは驚いて目を丸くした。ツナとしてはただ当たり前の反応をしたつもりだったので、何に対して

言われたのかよくわからない。

「というか、余計なこと?を、言わないほうがいいな、ツナは」

「…?」

首を傾げるツナの頭を撫でる。ふわふわの髪が心地よい。

「ツナ、好きだ」

「…俺、も」

「しっかしなー」

山本はツナの頬に手を当てて、苦笑した。

「俺ら、バッテリー組めないかもなあ」

 

 

 

 

 

――けれど、ボールはきちんと、彼が受け取ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

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二人で暴投の嵐()書いてるこっちが意味わからなくなりましたv(おいおい)

始めの少年達は純粋に可哀想ですね。山本に実際の暴投=ワイルドピッチをさせたいがためだけに出したのがモロバレで果てしなく痛い!

山本視点の話ばっかりなので、ツナ視点も書かなきゃ〜。

 

2007.6.20